ぷらちなでいず

経営コンサルタント的なお仕事をしているオッサンのライフログ。 趣味はラグナロクオンライン:breidablik鯖にて2017年6月より復帰プレイ中 復帰前はmagni→vali鯖でした。 投資:少額ながらプラチナ投資を継続して実施していたりもします。

加藤智大死刑囚が秋葉原で連続殺傷事件を起こしてから今日で10年が経過したというので一筆

 

10年前に無念にもいきなり命を落とされた被害者の皆様のご冥福をお祈りします。どうか安らかに。

 

10年前の当時、私はこの事件を他人事に思えなかったのをよく覚えています。何故ならば私もまた同じく世間の流れに乗り切れず、忸怩たる思いを抱えながら日々を過ごしていた中途半端野郎の日陰者だったからです。

 

あの事件から10年が経過したということは、私達もあの事件に衝撃を受けた日から10年が経過したということです。私自身も確かに気がつけば10年が経過しておっさんになっていますし、10年の月日を感じさせるように、周囲の環境は何もかもが10年前とは異なります。加藤が執着した二つ折りのガラケーはもはやこの世から消え去ろうとしていますし、この10年のうちに彼の弟もまた現実に絶望し自ら命を絶ちました。とても悲しいことです。

 

あの頃、既にインターネットは割と一般化していましたしガラケーで一生懸命ネットに繋ぐ人も多かったです。ネットスラングは今以上に過激で悪意を帯びたもの(だからこそ面白いという要素もあったことは事実)でしたし、それをスルーする手法はまだ一般的ではなかったように思います。勝ち組・負け組や情強・情弱なんていう白黒付けたジャッジをしたがる傾向も強かったし、その中でも負け組に相当する(と思われる)人達の社会に対する閉塞感が自虐と共に強調されていたように私は捉えています。

 

閉塞感で物事を語り始めたり、自虐で自らの事を述べるっていうのは、自分自身がコミュニケーションで使いすぎると非常によくない影響が出てくるので皆さんも注意しましょう(自らが発したコトバを最初に耳にするのもまた自分なので、自分が一番影響を受けてしまうんですよね、いわゆる言霊です)。

 

加藤智大死刑囚自身の解釈と第三者による解釈


この事件については、さまざまな解釈があります。加藤は自分の犯行に対する世間の「解釈」を一切拒否しています。これは裁判に一度も本人が出廷しないという徹底振りです。公平である法廷内での裁判官からの言葉すら受け入れないという頑なな姿勢。そうした世間の「解釈」に反論するためか、本を数冊書いています。犯行をおこなった本人の「解釈」は要約すると以下の通り本人が書いています。

 

『私は社会への不満など持っておらず、秋葉原の通行人に対しては何の思いもありませんでした。むしゃくしゃして誰でもいいから殺したい、と、やつ当たりで殺傷したのですらありません。自分の目的のために、まるで道具のように、というより、まさに道具として人命を利用した、最悪の動機でした。本当に申し訳ないことで、改めて、心よりお詫び申し上げます。』
(引用:解 (Psycho Critique) あとがき部分より抜粋 加藤智大著2012/7/1発行)

 

被害者には何の責任もありません。何の罪も無い被害者が突然死に巻き込まれてしまう。そのことが最も重要であるはずなのに、加藤にとっては事件に至る経緯(ネット上の掲示板でのアイデンティティこそが至上でそれを妨害するなりすましに対する攻撃)の方が重要なようで引用した著書の中でも掲示板での様々なルールについて多くの頁が割かれています。加藤には情状酌量の余地は一切なく、死刑やむなしでしょう。

 

しかし彼のようなタイプの男は(もちろん殺人事件を起こすという次元では断じて無いとしても)割とよく見かけていたのも事実です。ちょっと何人か思い出してみましょうかね。

 

ダメな奴というのは総じてそんなもん

ある知人AはPCパーツショップのスタッフでした。当然の如く非正規雇用で。(週に5日も店頭にいるのに非正規って、じゃあ正規って一体なんなんだよって話ですがここでは一旦この論点は置いておきます)
この知人Aと知り合ったのは私が最初に勤めた職場で非正規雇用の後輩として入ってきたことからです。お客様に対して本当にトラブルメーカーな奴であまりの酷さでクビになったというのが実情です。

 

知人Aは人間関係全般にことごとく難がある本当に駄目な男でした。コミュニケーションを取る際に、相手がいるってことを前提にしていない。自分だけが理解している難解なカタカナ言葉を羅列される上に本質的にお客様を理解しようという気が無いから毎回怒らせる。そりゃそうですよね、パソコンの調子が悪いからって相談に来たら、コミュニケーションの着地点も無くカタカナ用語ばかり並べられたら。
店頭という「舞台」でお客様にも聞こえる大きさで他のスタッフを「使えねぇ!あーーマジ使えねぇ!」なんて独りよがりに断じてましたからね。使えねぇのはお前だっつーの。

 

だいたい他人を「使える」「使えない」なんて言う人に限って、ポテンシャル低いとこあります。これはおじさんなりの経験則からですけど。

 

ただ、自分の興味関心があることについては徹底的に深く掘り下げる人でもありました。彼の手製の某ジャンルの機械工作部品(バレないようにボカしています)は界隈では一定の認知があったようでその高スペックと高評価については休憩室等で逢うたびにドヤ顔で語られたものです。
また撮りだめてあるアニメ動画の容量は軽くTBを超えていて(HDDが40GBとか80GBとか言ってる頃の話です)データのバックアップを何重にもとるため、自宅(もちろん実家)の自室がHDDに囲まれたデータセンターの様になっていることは周辺での語り草でした。

彼は本当に尖がった(つもりの)人でしたから、リアルでの人当たりには相当厳しいものがあったように感じます。今どこで何をしているのか音信は途絶えていますが察して知るべし、ではないかと思います。

 

別の友人Bは某社でテクニカルスタッフとして勤務。(こちらはダメな奴ではあるのですが友人なので、知人ではなく友人と書いておきます)

 

悪い人ではないのですが、行動パターンが自分の興味関心が向く方向のみで、社会情勢を見ながら生き方や働き方を考えるということを全くしない人でした。私も同じく非正規雇用の「仄暗い水の底から」這い上がってきたわけで、何でなのかなぁっていうのをもう何度となく考えたのですが多分厳しい環境に置かれていることを客観視することが怖いのだろうなという推測に行き着いています。実際客観的に分析することからしか始まらないんだけどこれがかなりキツイのは確かです。

 

ゲーム機についてのウンチクが凄く、語りだすと止まらない人でしたね。いわゆるゲハ板?ってやつですかね、2chに張り付いていました。さほど関心は無かったのに私に無理矢理XBOXを貸してくれたりしました。もちろんその後でXBOXを返す際に感想を語り合わなければならないのです。きっつー。


また、例によってアニメへの造詣も非常に深くて彼の自宅(もちろん実家)の自室は部屋の四方がコレクションのフィギュア(もちろん未開封)と薄い本で埋め尽くされていました。

 

その趣味趣向にかける熱意の1/10でもあれば、より良く生きていくために仕事をするフィールドそのものを具体的に変えることは可能だったんじゃないかと思っています。

 

彼もまたテクニカルスタッフとして勤務した職場に対する不平不満を吐き出すものの、身の振りやそれにたどり着くまでの準備をどうしたらいいのかがわからずに限界が来るたびに転職を繰り返しました。今は携帯電話販売代理店のテクニカルスタッフをしています。もちろん非正規雇用で。

 

さてあと1人くらい呼びましょうか。知人Cさん。
知人Cさんは学生時代にやった医療事務のバイトの延長線上で、大きな病院の医療事務スタッフでした。ここでも非正規雇用の立場にあることがずっと不服。自分だって普通にやれるはずなのになんで地元から抜け出せずに非正規雇用?!って事あるごとに不満タラタラ。俺を認めないのは会社が悪い、役職員が悪い、環境が悪い、時代が悪い、今の自分は本当の自分じゃない、こんなもんじゃないってビックマウスです。じゃあ何か具体的な努力とか試行錯誤とかしてるのか?っていうと、何もしていない。仕事はそれなりにやりますが仕事が終わるとパチスロ狂に変貌するただのクズみたいな暮らしをしていました。


酒が大好きで、パチスロが趣味で、女が大好きでモテたいくせに、自分自身が非正規雇用でウダツが上がらないっていうのが判っているから非正規雇用で通う職場で美人の看護士さんと知り合うことができたのにアプローチしたくても出来ない。そのくせ「彼女はいらない、車が趣味だから」なんて放言して中古のボロッボロなユーノスロードスターに乗ってました。ぶつけて凹んだボディを補修する金もないくせに見栄を張るっていうわけのわからなさ。普通に軽にでも乗ってたほうがまだナンボか見栄も保てるわ!

 

多少なりとも縁のある人々を加藤智大死刑囚と並べて論じるなんて失礼にも程があります。ちなみにCさんは昔の私な。

 

そこそこに物資や娯楽には満たされるので、性欲や社会認知欲求に目をつぶればまぁ生きていくだけなら苦痛は無い、というところでしょうか。住まいも実家だから家賃かからないしね。

 

ありきたりだけど、非正規雇用で苦しい奴は加藤と隣合わせだったはず


加藤は自分の意に沿わないことがあると嫌がらせとか報復のつもりなんでしょうか、すぐ仕事を辞めたりします。しかし、たかだか非正規雇用の人員なんて代わりはいくらでもいます。携帯からネット接続した掲示板こそが加藤のアイデンティティですが、これって先に紹介したAさんBさんCさんもそれぞれに徹底的にこだわったマニアックな要素がありますよね。

 

つまり何が言いたいのかっていうと、加藤は自分の気に入らない環境に対して攻撃的で、それはドロップアウトするとか迷惑をかけるとかっていうズレた方向への報復を実行するけれど、非正規雇用の境遇を自分のせいとは思っていないし(悪いのは自分以外)、シケた金であってもそれなりにイマの時代を愉しんでいる部分だってあったってことです。そしてそれはAさんBさんCさんそれぞれにも(報復の実行が無いだけで)当てはまります。


今軽く嘘付きました。Cさんこと私は病院内でクレーム対応のエスケープゴートにされたことに徹底抗戦して「辞表を叩きつける」という形で己の正義を守る為に仕事をやめています。なんやこれ加藤とさほど変わらんやんけ・・・。

加藤が起こした秋葉原連続殺傷事件って特異性はあるものの基本的には社会学的に見れば充分に分析可能な構図があると私は考えています。そのために実例を出してみたわけです。

 

ロストジェネレーション世代前後には起こりうる話


加藤の母親は学歴コンプレックスが過剰で、スパルタと家庭内虐待をないまぜにした捻じ曲がった子育ても話題になりました。無論これは事件の根底にあると私は思います。少なくともまともな育ちはしていない。

 

学歴コンプ+自身の大学進学経験無し+スパルタ的教育方針(しかも今みたいにネットが当たり前の時代じゃないから子育てのノウハウも得られにくい)って、実は私の母だって字面の条件だけで言えば似たようなものです。私達ロストジェネレーション世代にとっては程度の差こそあれ、同情を感じずにはおれない家庭環境だったとは思いませんか?私達世代の親ならばこの条件はあっても珍しくなかったのではないかと思うのです。

 

加藤は高校進学後に一切勉強しないことで母親の希望を蹴散らします。その後は車整備の技術と資格を得るために短大に進んでいます。ここで資格を取って就職することで人生の主導権を自らの手に取り戻せばいいのに、何一つ資格を取らない。一旦は物理的に母親の呪縛から逃れることに成功したし、自分の人生をコントロールすることができる場所にもいたことになります。

 

私は中学受験・高校受験を経ていく中で受験戦争そのものの意味を見出すことができず、また思春期に芽生える中二病が割と重篤でした。「受験なんて生きていくためのコトでしかなくて割り切って冷静に処理するだけ」という大人の判断も出来ず、いたずらに何もかもに抗うだけの日々でした。


不安で不安でたまらず、その時その時にお付き合いする彼女にどっぷりと依存する(し、依存される)まぁそれはそれで良かったの~♪(和田アキ子:古い日記 若い時のアッコさんはマジソウルフルだと思います)な日々。

 

何をできるのか?何をやりたいのか?何にならなれるのか?の正解なんて街のどこにも落ちてはいなかった。金もなく将来の夢もなく希望もなくただただ斜に構えていた日々。

 

今と違ってtipsがネットに落ちているわけじゃないから自分で考えて自分で行動しなきゃいけないもんだから、何も無い私は具体的な手段・手法を持たず、ただただ福岡の街中に沈んでいた生ける屍のような存在でした。大学構内の大きな池のほとりに座り込んで、どうしたらいいのか全く見当もつかず仕方なくタバコの本数だけが進む。私にとっての原風景の1つです。


三越のショーウィンドウにならんだエルメスやシャネルのドレスを横目に「畜生、誰がこんなもん買ってるんだよぉ・・・、お前らは買ってるんだな!」って街行く人々に一方的に根拠なく呪詛の念を送っていたものです。ドレスなんか早々買う奴いるかよバカ。

 

無職のままってわけにもいかないから仕方なく非正規雇用で潜り込んで社会人スタート。大学まで行ったのに非正規雇用って親からしたらやっぱり辛かったんだろうなって考えてしまいます。

 

加藤の母と私の母を並列っぽく書きましたけど確実に違うのは私の母はやはり愛情が1番目にあって、学歴だの就職だの世間体だのは2番目以降であることでしょうかね。でも多分加藤の母だって最初は愛情が1番目だったんじゃないかな。

 

加藤は自業自得ではあるけれど、同じ空がどう見えるかは見る角度の違い


加藤は掲示板にアイデンティテイを求めていたし、そこでの繋がりを求めていたけれど、自虐を演じているうちに本当に自虐だった言葉通りになってしまい、わずかばかりにいた接点を持ちえた人達との繋がりに気が向かなくなってしまった。彼は自らを非モテと断していたけれど非モテを脱するための具体的な努力やアクションを起こすこともなかった。

 

一旦リセットすることもできたタイミングはたくさんあったはずなのに、それができなかった。時代に翻弄されたまま罪を背負い償いのために死んでゆくだけの人生、ということになります。

 

私はあの頃、どうすれば「普通」の生活ができるようになるのか、どんなステップ、どんなアプローチで「正社員」になれるのかが全くわからず、完全に彷徨っていました。どれだけ頑張っても非正規雇用前提のルートから逃れることができないままだったし、転職を考えても九州の地方都市では正社員を雇用できるだけの基礎体力がある企業が少ない上に、数少ないまとも(に見える)企業は全て中途採用なんてする気は微塵も無いというありさまでした。仕方がないから惰性で非正規の仕事でも割り切ってやらなきゃいけないし、実家を出ようと思っても先立つものが無いから引越しもできない、という八方塞がりは感じがありました。

 

じゃ、どうやってこの10年間でその八方塞がりなところから正社員で給与倍増以上で妻と息子がいるところまで来たのかって過程はいずれ別の時に書き記します。

 

ただ私は社会に対する報復って方向性じゃなくて、わが身可愛さから「どうしたらうまくいくのか?」っていう視点が強かったです。自虐に溺れるか視線だけでも上を向くのかの違いは大きいかったんじゃないかっていうのは確かです。

 

10年前に加藤智大が秋葉原で連続殺傷事件を起こして以来、私は非正規雇用に身を落としたロストジェネレーション世代の一人としてこの事件について様々なことを思わずにはおれません。

 

加藤は否定するけれど間違いなく社会学的病理を含んだ事件だと思うのです。今日の記事は(も?)全然ロジカルじゃないけれど、今書いておかないと次いつこの事についてまとめて書こうかって機会があるかわからないから今日思い切って書きました。